- 創業の原点
- 次世代への志
塾は「教科を教える場所」から「学力の体幹を耕す場所」へ――エスビジョングループ・山下幸男代表が考える塾の未来
- 山下 幸男 氏
- エスビジョングループ代表
和歌山市に本部を置くエスビジョングループは、1976年の創業からちょうど50年。幼児から高校生までを対象に、和歌山県内4市(和歌山市・海南市・岩出市・紀の川市)で15教室を展開しています。
県立トップ校である桐蔭高校・向陽高校へ毎年多くの合格者を送り出し、両校の合格者数では長年県内首位を守り続けてきた進学塾です。その実績を支え続けてきたのは、教科指導の質はもちろん、代表の山下幸男さんが半世紀かけて磨いてきた、もうひとつの「塾の価値」でした。
20歳、自宅の2階で始まった12人の塾
━━山下代表は20歳、大学在学中に塾を始められたそうですが、どのような経緯だったのでしょうか。
私は、父も兄も競輪選手という家庭に育って、私自身もプロのスポーツ選手になることがずっと夢でした。父に弟子入りしてプロ試験の手前まで行ったのですが、足を痛めて断念。やりたいことが何もなくなったんですね。
そのとき思い浮かんだのが、自分と同じようにスポーツに打ち込む子どもたちの姿でした。当時は「部活をやるなら塾をやめなさい」と言われる時代。勉強とスポーツを両立したい子を応援できればと、1976年、自宅の2階で塾を始めたのがきっかけです。最初の生徒は12人でした。
あの12人が来てくれなかったら、今のエスビジョンはなかった。宝物みたいな存在です。そこから塾の仕事が面白くて夢中になりました。一方で、大学からはどんどん遠のいてしまって……最後は除籍になりました(笑)。でも、それほどどっぷりでしたね。
「一生の仕事にするつもりか」━━保護者が立ててくれた旗
━━そこから、自宅の塾は評判を呼び、生徒は200人近くまで増えたと聞いています。しかし、ある転機があったとか。
はい、最初の12人の生徒のある保護者から、自宅に来るように呼ばれたんです。何を言われるのかと思ったら、『この仕事を一生の仕事にするつもりか』と聞かれたんです。
━━先生は何とお答えになったのですか。
『そのつもりです』と答えました。そうしたら、『一生の仕事にするのに自宅の2階はないやろ。ちゃんと場所を構えなさい』と。構えるお金なんてないと言ったら、『お金は作ればいい』と、銀行からの借り入れの保証人になってくださったんです。
24歳の青年のために、保護者が用意してくれたのは数千万円の借り入れでした。こうして構えた最初の校舎が、現在まで続くエスビジョングループの発祥の地になりました。
━━先生への信頼は相当なものだったのですね。そこからの日々は、どんなものでしたか。
そこからはもう、お金を返さないと、の一心です。必死でやりましたね。今振り返っても、うちの歴史は運と、人の助けに尽きるんです。

35歳の転機━━教え子の死と「格闘」の5年間
勢いよく成長を続けた15年目、山下さんは人生最大の転機を迎えます。最初の12人のひとりだった教え子が、26歳の若さで災害により命を落としたのです。
━━とても悲しい出来事だったと思うのですが、どのように受け止められたのでしょうか。
それは本当にショックでした。お葬式で、作曲家志望だった彼の遺作が、ご出棺のときに流れたんです。それを聞いたときに、雷に打たれた感覚になりました。『ちゃんと生きよう』って。
それまでは、一生懸命に頑張ってはいたけど、あんまりちゃんと生きていなかった。どちらかというと、時代の追い風もあって勢いだけでやってきた感覚だったんですね。いま考えると、いい加減だったなと思うんです。
━━そこからどのように変わったんですか。
そこから40歳までの5年間は『格闘』しました。とにかく、理念とは何か、仕事観とは何かを自らに問い続けました。特に心理学に興味を持ち、アメリカの大学を見て回った時期もありましたね。
━━その格闘の中で、手がかりは見つかりましたか。
はい。ある大学のカウンセリングで、先生が学生と対話をしていて、最後にこう質問したんです。『その夢を実現するために、あなたは何を犠牲にしますか』と。
その言葉を聞いたときに、『これだ!』と思いました。『夢を持ちましょう、夢を持つのは素晴らしい』で終わるのは教育でも何でもない。何を我慢するのか、というところまで一緒に考えるのが教育だと改めて考えました。
以来、私はひとつの決めごとを貫いています。それは、本心・本音にないことは、絶対に生徒たちに言わない、やらない。
だから『夢を持ち続ければ必ず叶う』とは言いません。それは嘘になってしまいますからね。この方針は塾経営にも貫いています。
うちで一番飛び交う言葉は「ストローク」
━━格闘の5年間で出会ったものが、今の指導の柱になっているそうですね。
格闘の5年間に師事した心理学の専門家から学び、指導の基軸に据えたのが、『ストローク』という概念です。
人はストロークを求めて生き、ストロークの通りに育つ。これがストンと腹に落ちました。ストロークとは、認める、関心を示す、褒める、理解を示す、愛情を伝えることを指します。
具体的には、交流分析と呼ばれる心理学における概念で、『相手の存在を認める働きかけ』を指します。声をかける、目を合わせる、頷くといったことも含まれます。
そうした一つひとつの関わりが人の心の栄養になる、という考え方です。うちの塾で学ぶ生徒には、たくさんのストロークを浴びてほしい。だから、うちで一番飛び交う言葉はストロークなんですよ。
エスビジョンでは、このストロークを徹底的にノウハウ化しています。たとえば『フロント指導』。生徒たちが来る時間帯は必ず外に出て出迎えることがどの仕事よりも優先されます。目を合わせて、頷く。講座は拍手で始まり、拍手で終わる、とかですね。
━━出迎えが、どの仕事よりも優先されるのですね。
子どもは成績の高低に関係なく、ひとりの人間です。『大好きだよ』『あなたのことを大切に思っているよ』ということを、いろんな形で感じてもらえたら、成績が良かろうが悪かろうが、うれしいんですよ。その瞬間、塾は来たい場所になるんです。成績で子ども同士を競わせて伸ばすやり方もありますが、私はその手法は取らないと決めています。
このストロークは、スタッフにも深く浸透しています。小学6年生から塾に来ていた生徒が、卒業後に戻ってきて、今は教室を支えるスタッフになっていたりするんですよ。
━━それはうれしいですね!スタッフのみなさんにも、その考え方が浸透しているのですね。
うちのメンバーは、みんなストロークマインドを持ってくれています。そして、私自身の弱いところも強いところも、全部わかってくれています。結局、うちがやってこられたのは、運と人の助け。ここに尽きるんですね。

「生徒第一」とは言わない━━WILL制度とファミリー休暇
ストロークの考え方は、働く人への制度にも表れています。少子化と採用難という業界共通の逆風に対して、山下さんは「自分たちで変えられることをなんとかする」と言い切ります。
━━具体的には、どんな取り組みをされているのでしょうか。
今期始めたのが『WILL制度』です。ワークライフバランスも素晴らしいけれど、人生には時間よりお金が必要な時期もある。そこで、希望者は週6日、うち1日は半日勤務にして、そのぶん年収を上げる仕組みを作ってみました。どのような反応になるかなと思っていたのですが、若手を中心に想像以上の手が挙がったんです。
一方で、結婚記念日や子どもの誕生日に休める「ファミリー休暇」も、ずいぶん前から取り入れています。これは塾業界では珍しいことではないかなと思います。うちは『生徒第一』とは絶対に言わないんです。生徒第一なら、お盆に休むなよという話になる。さきほど申し上げたように、本心にないことは言わない、やらない。私の本心は家族第一です。仕事は自分の大事な人のためにあるものです。だからこそ、生徒も大事にできるんだと思っています。
原点に還る━━スポーツ団体との連携
━━少子化を見据えて取り組まれていることはありますか。
数年前から力を入れているのが、地元のサッカー、バスケットボール、野球などのスポーツ団体との連携です。うちはもともと、スポーツを頑張る子を応援したくて始めた塾ですからね。団体側も選手募集に苦労されているので、『うちのチームは勉強もさせますよ』と言えることが売りになる。テスト前の勉強会を開いたり、お互いに支え合うWin-Winの関係ですね。
20歳のときに抱いた、スポーツと勉強を両立したい子を応援するという原点が、50年を経て、少子化時代の取り組みとして還ってきた形ですね。
学力にも「体幹」がある
━━少子化、採用難、AIの進化。これからの塾の役割をどう捉えていますか。
保護者が塾に求めるものは、基本的には変わらないと思っています。うちの子に変化を起こしてほしい、成績を上げてほしい、行きたいところに合格させてほしい。ここは未来も変わらない。教科指導は、これからも変わらず大事です。
ただ、教科指導という教育サービス『だけ』の塾は、取って代わられる時代になると思いますね。
━━と言いますと?
スポーツと同じで、子どもの学力にも体幹というものがあると考えています。土台の体幹がブレなければ、スキルは後から積み上がる。その体幹の正体は、言葉の能力であり、いま非認知能力と呼ばれているものです。
私たちが考えているのは、算数はパズル的な思考、そしてその他の教科は読解力が基礎になってくるということです。ここを耕せるかどうかが、これからの塾の大きな価値になると思っています。
例えば、小学部では、全科目の授業の冒頭にA4用紙1枚の文章を音読することを取り入れています。物語文では出会えない言葉に出会わせるため、随筆や説明文が中心です。月に一度のガイダンスでは、小学生全員にテーマを与えてスピーチをさせたりもしています。もちろん、こうした場面でもストロークたっぷりです。
━━子どもたちの反応は、いかがですか。
この前は小学4年生の女の子が、お気に入りの本としてなんと中村天風を紹介してくれて、驚いてしまいました。その生徒曰く『いい言葉に出会える』って言うんですよ。スピーチは、緊張したけどうまくいったって。いいなと思いました。そうした経験のその積み重ねが体幹になっていくんですよね。
頑張れば、夢を選べる。自由が広がる
教室に貼られた手書きの言葉を、山下さんは見せてくれました。「頑張るとは、何かのために必要な努力と必要な我慢をすること」。生徒たちが自宅にも貼ってくれているという、塾の合言葉です。

━━どんな思いが込められているのでしょうか。
頑張れば夢を選べる。自由が広がる。人間が幸せなのは、選ぼうと思ったら自由に選べること、自分で自由に決められることだと思うんです。大学に行ってもいいし、行かなくてもいい。勉強は目的じゃない。自由を得るためにするんです。
AIが進化するにつれて、大事になってくるのは「ヒューマンタッチ」の部分だと考えています。時代が進めば進むほど、人が人に関わることの価値は上がる。教育はどこまでいっても人間相手だからです。
━━10年後、どんな塾になっていたいですか。
10年後ですか。これは明確に思い描いているものがあります。
それは、今よりも高いレベルで理念を具現化できている状態です。これが私たちの理念なんですが、

このように紙にまとめて社員全員が見返せるようにしています。他にも「エスビジョンイズム」や「社名の由来」「素晴らしい会社」などをまとめています。

私は、経営者である間は理念経営をすると決めています。
『使命』とは、命を使うと書きますよね。子どもたちは放課後の2時間、うちで命を使ってくれている。だから我々も命を使って授業をする。この理念が、今よりもっと高いレベルで具現化できている塾でありたい。それが一番の願いですね。
※ストローク:米国の精神科医エリック・バーン(1910-1970)が提唱した心理学理論「交流分析(Transactional Analysis)」の基本概念。参考文献:エリック・バーン著、南博訳『人生ゲーム入門━━人間関係の心理学』(河出書房新社)
聞き手・執筆:塾ミライ編集部
取材先:株式会社エスビジョングループ(GES)
HP: https://ges1976.com/
3つの問い THREE QUESTIONS
PAST / 過去 創業の原点
「なぜ塾なのか、塾を通して実現したかったこととは?」
なぜ塾を始めたのか。その選択の背景にある志と原体験。
PRESENT / 現在 現在の問題意識
「これからの塾に、本当に必要なものとは?」
少子化・AI・採用難。時代の変化を前線で感じる経営者の視点。
FUTURE / 未来 次世代への志
「今後、塾の役割はどのように変わっていくか?」
10年後、20年後。民間教育が社会に果たす役割の再定義。