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塾は「教える場所」から「見守る場所」へ──進学塾MUGEN・小牧代表が考える塾の未来

小牧 聖 氏
進学塾MUGEN 代表
塾は「教える場所」から「見守る場所」へ──進学塾MUGEN・小牧代表が考える塾の未来

鹿児島で進学塾MUGENを営む小牧聖(こまき きよし)代表。小中高あわせて9つの教室を構え、そのもとには全国の学習塾から、視察や講演の依頼が絶えません。

一斉指導でも、個別指導でもない。生徒が主役になって自分の力で進む「自立学習」。その独自のメソッドが、全国から注目を集めています。

少子化が進むなかでも、営業利益率23%、自己資本比率79%という高い収益性と堅い財務を保ってきました。拡大を追わず、目の前の生徒一人ひとりの心と向き合ってきました。

2008年の創業から18年。少子化、AI、講師の採用難。小牧氏が今後見据える戦略と未来とは?

過去・現在・未来の3つの時間軸で、その18年と、これからを伺います。

 

自分探しに失敗して戻った街で、塾講師になった

━━塾の世界に入った経緯を教えてください。

20代の頃、自分が何者かわからず、苦しい時期があったんです。自分探しの旅で離島を放浪したりもしましたが、結局、自分は見つからずに、お金も使い果たし、鹿児島に戻ってきました。

そこで、たまたま目に留まったアルバイトが、塾講師でした。母子家庭で育ち、塾には行ったことがなかったんですけれど、将来、学校の先生になったら役立つかな、と思って。軽い理由で始めたんです。

とにかく一生懸命に取り組みました。そんなある時期、生徒たちが僕のことを頼りにして、信じてくれていることに気づきました。

他人に必要とされている——そう思った瞬間に、自分がずっと探し求めていた自分の生きる意味はこれなんだと気づきました。塾の先生を一生やろう、と決めました。

自分は一人で立っているのではなくて、人の中に自分があったんだと気づいたんです。自分も人の役に立てる、生きていていいんだ、と思いました。

━━そのまま塾の道へ進まれたんですね。

そのままアルバイト先の塾に就職して、30歳のとき、九州の大手塾へ国語科の教科長として転職しました。

転職して4年が経った時に、会社は売上が前年割れの危機を迎えます。「お前が柱になれ」と言われて、教務部長になりました。その時に命じられた指示の一つは、徹底的に宿題をさせる塾に変えること、でした。

1学期のあいだに宿題を3回忘れたら退塾。確認テストは満点になるまで返さない。徹底したスパルタ指導で、塾の評判は上がっていきました。

ところが、現場視察に行くと、別の景色があったんです。
親御さんが「うちの子、学校の授業中に宿題をやってるんですよ」と自慢される。宿題を見ると、答えが丸写しされていたり。確認テストも、問いと答えを紐付けずに解いている。

これは教育ではない——そう感じて、創業オーナーと衝突することが多くなりました。
それで左遷されたんですが、その日がたまたまアメリカの同時多発テロが起こった2001年9月11日だったので、日付まではっきり覚えているんです。テレビから流れる悲惨な映像を見ながら、呆然と画面を見ていたように思います。

 

スイミーを読んで号泣した日、進学塾MUGENは生まれた

━━その後、ご自身の塾を立ち上げられた経緯を教えてください。

左遷をばねに努力を重ね、鹿児島・宮崎へ進出し、3年で20校舎、売上5億円まで広げました。

ただ、規模が大きくなるほど、自分の目指す教育と、会社の進む方向がずれていったんです。最後は教育観の違いから、その会社を離れることになりました。

無職になって、それまで読みたかった本を、昼夜問わず読みふけりました。
そして、小学2年生の次男の宿題を手伝うようになりました。
そんなとき、ふと開いた教科書に、絵本『スイミー』があったんです。

「スイミー」を読み進めるうちに、涙がボロボロでてきました。息子も驚くほど号泣してしまったんです。

━━スイミーの何に心を動かされたのですか?

物語のなかに、みんなで持ち場を守ること、決して離れ離れにならないことを語る場面があります。その一節を読んだ瞬間、頬に涙が伝いました。

僕は、悩んだ末に会社を離れたんです。僕を信じてついてきてくれた部下たちを残して。持ち場を守れなかった。離れ離れになってしまった——そう思ったら、もう涙が止まらなかった。

そして、決めました。

僕の塾を作ろう、と。

もう持ち場を離れない、守り切る。そんな場所をつくりたい。そう思ったんです。

ありがたいことに元の仲間たちが「一緒にやりたい」と集まってきてくれて、テナントを借りて、進学塾MUGENが始まりました。

━━経営は順調だったのですか?

最初は潰れる塾を引き受けました。これが1校舎目です。そして、すぐに自前で2校舎目を出しました。生徒97名のスタートでした。これだけ聞くと順調のように聞こえるかもしれませんが、僕と塾をやりたいと言ってくれた仲間は7人。社員7人を抱え、100人弱の生徒では全く立ちゆきませんでした。

創業資金2,000万円は5月には手元500万円まで減りました。

これからどうしたらいいんだ、何も考えられず車のなかでハンドルを抱えて泣いた夜もありました。

とにかく動かなければ…!そうやって開き直って動き出した6、7月、そこから奇跡が起きます。夏には予想外の入塾ラッシュが起きて、生徒数が○倍増へ!なんとか1年目を乗り切ることができたんです。

 

1年目での方針転換「分かりやすさをやめます」と伝えた

━━創業1年目の終わりに、大きな方針転換をされたそうですね。

進学塾MUGENは、一斉指導の塾としてスタートしていました。「徹底的に分かりやすい、楽しい、感動する」授業で点数を上げる方針です。

ところが、頭の中には、ずっとモヤモヤが残っていました。

分かりやすい指導をすることが、本当に生徒のためになるのか——という疑問が、ずっとあったんです。

先生が「ああしろ、こうしろ」と手を引いていくほど、子どもは考えなくても分かるようになる。でも、それは先生の領域が広がっているだけで、子どもはどんどん小さくなっていくんです。自分で学ばなくなる。

「徹底的に分かりやすく」教わった生徒たちは、高校に入った途端、ついていけなくなる。高校の参考書は解説の途中が省かれていて、それを自分で読み取る力がないと、立ち止まってしまうんです。

分からなかったらすぐ質問して、それで安心してしまう。自分の頭で考える前に人に尋ねる癖がつくと、よくないんです。一人で勉強できない子を、育ててしまう。

これでは、「分かった」「できた」という感動も生まれません。感動がなければ、やる気も続かない。同じことが、社会人になってからも起きますよね。

だから、自分の力で読み解いて、前に進んでいく。そういう自立した学びこそ、これからの教育に必要だと考えたんです。

そんなことを毎日仲間と語り合っていました。そんなある日、ある社員から「小牧さんがやりたい教育ができるかもしれないですよ!」と興奮気味に言われました。

それがSelfeeだったのです。

2009年2月、妻と一緒に新宿のオフィスへ、Selfeeを見に行きました。

解説がとても充実していて、生徒が自分で読み解きながら、主役になって学んでいける。それを見た瞬間、自分がやりたかった教育が実現できるかもしれない!胸が高鳴りました。いろんなアイデアが頭のなかにバーッと湧き上がってきたんです。、その場で「もう切り替えます」とお伝えしました。

個別指導でもなく、一斉指導でもない。生徒が主役の学習をしよう、これが新たなコンセプトでした。3月の春休みから、指導をまるごと変える。1週間から10日で切り替えるという話に、先方の担当の方も「新記録です」と驚いていました(笑)。

でも、やろうと決めたら、本当にこれでいいのか不安が押し寄せて、社員に「やっぱり1年かけて準備した方がいいか」と相談しました。社員から返ってきたのは想像を超える言葉でした。。

「代表、やりましょう!」って。

経営者の悩みを越えて、社員の側から「やりましょう」が出てくる。日頃から「最上位の目的を外さなければ、失敗しても修正はきく」と伝え続けてきたからかもしれません。

10日後、進学塾MUGENの指導は、別物になりました。


▲ MUGEN 教室の様子

 

MUGENでは、「褒める」という言葉を使いません

━━指導の現場で、いま一番大事にしていることは何ですか。

生徒たちと、対話をする時間ですね。

MUGENでは、「褒める」という言葉を、あまり使わないようにしています。

━━どういうことでしょうか。

先生が生徒を褒めるのは成り立ちますけれど、生徒が先生を褒めるのは成り立たないでしょう。ということは、「褒める」という言葉のなかには、上位の者が下位の者を承認する、評価する、というニュアンスがあるんです。

褒めることで生徒を思いどおりに動かそうとするのは、ChatGPTと何ら変わりません。

「褒める」代わりに置いているのは、勇気づけと、感情の共有です。

そのための仕組みのひとつが、「講師レポート」と呼ばれる1枚の紙です。複数の生徒の名前が並んだ紙ですが、保護者向けではなく、先生同士のためのものです。

親に見せるために書くんじゃなくて、子どもの状態を、みんなで共有するために書く。

ルールはひとつだけ。率直に書いてください。いい点も悪い点も。ただし、愛情を込めて。

退塾相談に来た保護者にその紙を見せると、泣き出す方もいらっしゃいます。月に一度、先生たちで同じ文章を読んで、感じたことを共有しあう、人間力の研修もやっています。

すごく変わった塾かもしれません。でも、「褒めない」という現場の文化と、これからお話しする経営判断は、僕のなかでは同じ一本の線で繋がっているんです。

 

少子化のなかで、塾に通う層は二つに分かれていく

━━これから少子化が進むと、塾に通う子どもたちの層は、どう変わっていくと見ていますか。

2つに分かれていくと思っています。短期間だけ通って、点数が上がったらすぐ辞めていく層と、早い段階から、ゆっくり時間をかけて子どもを育てたい層と。

僕たちが付き合っていきたいのは、後者です。コロナのときに、はっきりそう決めました。

僕はコロナの時に値上げを決断したんです。5,000円上げました。でも、こういう時だからこそ、安売りで生徒を集めるのではなく、提供する教育の中身に見合った対価をいただく。そう決めたんです。

社内には、ひとつルールがあります。広告で「短期間でこんなに伸びた」と謳うのは禁止だと。そういう打ち出し方をすればするほど、短期で結果だけを求める子たちが集まってくるんです。

創業1年目に「分かりやすさをやめます」と伝えたときから、地続きなのかもしれません。自分の力で学んでいける子と、ずっと隣で教えてもらわないと進めない子。そのどちらと、長く歩いていくのか。その選び方が、これからの塾の生き方を決めると思っています。

 

拡大しない、真似しない──18年で9教室という選択

━━これからの規模の拡大については、どう考えていますか。

かつての職場では、3年で20校舎を立ち上げました。でも進学塾MUGENは、18年で9教室しか出していないんです。

簡単に作れる教室は、AIの時代には差別化が難しくなって、価格競争に向かっていく。そう読んだうえで選んだのが、「筋肉質の経営」でした。

業績で勝った、負けたという世界も、確かにあります。でも、そういう考え方とは、一線を画していきたいと思っています。

僕の方針は、2つです。拡大しない。真似しない。筋肉質というのは、控えめにしているということではなくて、判断を積み上げてきた結果なんです。


▲ 進学塾MUGEN城西校(HP写真より)

 

AIが寄り添う時代に、塾に残る価値は何か

━━AI時代の塾の役割は、どう変わると考えていますか。

安価な映像授業に預けるタイプの塾は、立ち行かなくなると思っています。映像はもう、どこにでも転がっているからです。

そして今以上に、場の効果が求められるようになると思います。

僕が言う「場の効果」とは、その場所に行くと、一生懸命取り組んじゃう。その場所に居なくても、頑張れちゃう自分になる。そういうものです。

恋愛相談から、進路相談、人生相談まで、生成AIに頼る時代が来ています。寄り添うことを、AIがやってくれるようになっている。でも、AIって、薄っぺらく見えちゃうんです。

これからの教育をめぐる議論でも、子どもが自分で人生の舵取りをできる力を、どう育てるかが言われ始めていますよね。塾が担うのは、まさにそこだと思っています。

塾としておそらく残るのは、その場所に行くと前向きな自分になれる場であり、見守る場。進学塾MUGENが18年かけて作ってきたのは、知識ではなくて、その「場」そのものだったのかもしれません。

 

人は育つ——心の種からすべてが始まる

━━先生たちで毎月、読み合わせる文章があるそうですね。

僕が書き下ろした文章です。「人は育つのか。人を育てるのか。考えるまでもない。人は本来、自分の力で育つ存在だ」という一文から始まります。

そのなかに、僕の中学時代のことを綴った一節があります。両親が離婚して、母に引き取られた中学生時代。重度の聴覚障害があった父は、学校行事にもほとんど来てくれませんでした。

ただ、たった一度だけ来てくれた日があります。中学3年の夏、三者面談の日でした。

担任の先生が成績の悪さを責めるように話していたとき、突然、父が顔を上げて、こう言ったんです。

「先生。これは牛乳瓶で言ったら、まだ半分しか入っておらんとですよ。まだ半分なんですよ」

まだ半分だ。僕には可能性がある——そう思った瞬間、涙があふれました。

帰り道、久しぶりに父と2人で歩きました。父はこう続けたんです。

「お前は優しいところがあるから、先生の仕事が向いてるぞ」

あの日の2つの言葉が、確かに心に種としてまかれました。進学塾MUGENの今年の年間テーマは、「心の種からすべてが始まる」です。

━━未来の塾の姿について、どう考えていますか。

生徒がうまく行っているときは、塾に来なくていいんです。ちょっと迷ったりしたときに、先生や他の生徒に会いに来られるような。そういう場所として、残り続けられればいいなと思いますね。

20代のアルバイト先で気づいた、自分は一人で立っているのではなくて、人の中に自分がいるという感覚。そして、父の言葉が植えてくれた種。

その2つは、いまも進学塾MUGENという場のなかで、繋がっているんだと思います。

 

聞き手・執筆:塾ミライ編集部
取材先:株式会社夢現 進学塾MUGEN
HP:https://s-mugen.net/

3つの問い THREE QUESTIONS

PAST / 過去 創業の原点

「なぜ塾なのか、塾を通して実現したかったこととは?」

なぜ塾を始めたのか。その選択の背景にある志と原体験。

PRESENT / 現在 現在の問題意識

「これからの塾に、本当に必要なものとは?」

少子化・AI・採用難。時代の変化を前線で感じる経営者の視点。

FUTURE / 未来 次世代への志

「今後、塾の役割はどのように変わっていくか?」

10年後、20年後。民間教育が社会に果たす役割の再定義。