塾屋は生徒の人生の片棒を担ぐ存在。「観察」からすべてが始まる

教育における難しさのひとつは、「効率」と「丁寧さ」、「数字」と「情熱」など、その相反する要素のバランスを取りながら経営していくことではないでしょうか。しかし一見矛盾するように見えるこの要素を、考え抜かれた戦略で絶妙にバランスさせることに成功している塾が株式会社花咲スクールです。その代表、大坪智幸氏にその手法と自身の教育論をお伺いしました。

大坪智幸 氏

プロフィール
株式会社花咲スクール代表取締役/本部校教室長
1984年、埼玉県春日部市生まれ。埼玉県内某進学校へ入学。一浪の末某私立大学へ入学。塾講師のアルバイト、車、バンドに明け暮れる。塾講師のやりがいと楽しさを感じ今の仕事の原点になる。卒業後、日本郵便、新車ディーラーでの営業職などを経験したのち社会の矛盾を感じ27歳で教育業界に転身。通信制高校と塾講師をかけ持ち、激務から肺炎を患い生死をさまよう。2014年、県内大手学習塾に入社。2016年、フランチャイズとして独立、株式会社花咲スクールを設立。2019年7月、完全独立、花咲スクール本部校、開校。生徒の自主性を引き出す教育方針と、ひとりひとりに真摯に向き合う姿勢に定評があり、口コミや紹介による入塾者が後を絶たない。2021年6月、精神鍛錬のため居合道入門、10月民間教育の在り方の体系化とMBA取得を目標に大学院プレ受講開始。2022年春、本科入学。

塾における課題を洗い出し、徹底的に仕組み化

―― どのような経緯で独立されたのでしょうか?
 
大坪氏 もともとは全く違う業界にいて、紆余曲折あって教育に携わるようになりました。そこで自分を採用してくれたのが、前職の県内大手の学習塾です。社会や子どもたちの未来のためにこの業界にやってきたのに、いざ入ってみると数字だとか組織のしがらみだとか、ややこしいことがいろいろありました。
そこで、役員面接で自分に教室を1つ任せてほしい、独立も視野に入れているということを伝えると、社長が後押しをしてくれて。それが今の花咲スクールです。
独立してやっていくにあたり、塾業界の課題というものはいろいろ考えました。そのひとつが「効率化」ですね。演習量が増やせないというのはどこでも課題じゃないですか。
また、集団における弱点もあります。例えば生徒ではなく先生が主体で、生徒一人ひとりの細かいケアができていないとか。そういった課題を全部ピックアップしていきました。
それらを解決する手段として、適切な教材選びが必要であり、自立学習が必要であると思ったんです。

―― そこでどんな教材を選ばれたんでしょう?
 
大坪氏 前職から使っていた「セルフィー」でした。ただ、花咲スクールで導入するときには、そのコンテンツはすべて我が教室のカリキュラムに合わせて組み立てる必要がありました。骨は折れましたが、そうすることで前職の社長が言っていた理想を言語化できたんです。

―― それはどういったことなんでしょう?
 
大坪氏 弊社のコンセプト「分かる+出来る=楽しい」ですね。
うちの授業の構成は、まず1コマ目は私ともうひとりの正社員が必ず授業をします。このときは、全員同じテキストを使います。
その次に、2コマ目ではアルバイトの講師が生徒たちの演習を見るというように役割分担しています。
生徒たちが、授業を受けて分かる、自分でやってみて分かる。そしてあとはコーチングですよね。とにかく塾に来ることが嫌になってしまわないように、必ず褒めます。そうすれば「分かる+出来る=楽しい」になるんです。
とは言っても生徒数は多いんで、そこは分単位で教室移動して授業をしていますが、教材をかなり細かくカスタマイズし、スケジュールも緻密に組めるようになったことで、より理想の形に近づいてきていますね。

社員2人でも回せるシステムを確立

―― 社員さんは大坪先生ともうひとり、お二人で回されてるということですか?
 
大坪氏 そうですね。

―― 生徒数は何名くらいでしょう?
 
大坪氏 いまは中学生80名くらいですが、年間最大時では130人くらいいます。それでも社員2人で回せますよ。僕ら社員が全員を見ることができればベストだとは分かっていますが、現実的に難しいので、どうするかというと、負けてもいい範囲の設定と、生徒ひとりひとりに合ったカリキュラムを組める教材があってこそのものですね。
たとえば、テスト前だったりすると、授業はストップしてアルバイトの講師による演習のみのカリキュラムを組み、ワークとテストの繰り返しをします。それでもどうしても足りない部分は出てくる。そんなとき、最後の演習を見るのは我ら正社員です。それまで講師に見てもらう部分の出来は60%くらいでいいかなと思っているんです。そしてテストまであと2週間というときになったら、残りの40%を、正社員が生徒一人ひとりに個別化したカリキュラムを作って追い込むようにしてるんです。

―― なるほど!前半はある程度の型があって、後半は生徒ひとりひとりに合わせて自由にカリキュラムを組むんですね。
 
大坪氏 そうです。

―― 先生によっては、傾向と対策を分析してかなり細かく問題のチョイスをされる方と、生徒さんの状況に合わせて自由に進める方と2種類いらっしゃるかと思うのですが、花咲スクールさんにおいては両方とも組み合わせたスタイルということでしょうか?前半はしっかり決まったカリキュラムだけども、後半は自由に個別化するという。ここでセルフィ―が活躍するってわけですね。
 
大坪氏 そうですね。これは、どちらかに偏ってはいけなくて、両方必要だと思います。
また、カリキュラム云々にとらわれて、ただそれをこなすだけというのも良くないですね。個々にヒアリングをして本当に最適なカリキュラムを作ることが大事なんです。
そのときにも2パターンあるんですよ。ただ「魚」、つまりは「課題」を与えてしまうだけのやり方と、いま自分にどんなテキストや問題が必要なのかまでをきちんと生徒自身に考えさせるやり方。後者のやり方だと、本当に生徒は伸びていきますね。

―― なるほど…!しっかりカリキュラム組みをしつつも、ちゃんと生徒に選ばせるだけの自由もある、そういう遊びの部分もあるということですね?
 
大坪氏 そうですね。1本筋は通していますが、やはり生徒には合う合わないはあるので、柔軟性を持って対応します。
僕自身が決められたルールに従うのが嫌なので(笑)、生徒たちにはそんなつまらない思いはしてほしくない。
それも、生徒の表情、目を見ていれば分かりますよね。

塾講師にも「道」がある

大坪氏 うちに入塾する子は、最初からできる子ってやはり少ない。そういった子たちへのケアが一番大事だと思うんです。だから、入塾のときに伝えているのは「わからなかったら手を止めてシャーペンを置いて」ということです。そうすれば、次にどうしようかと考えられますから。

―― 最初はできなくっても、関わり方次第で生徒たちはどんどん伸びるということが花咲スクールさんでは当たり前なんですね。
 
大坪氏 そうですね。
我ら塾屋の一番の仕事って、生徒の成績を上げることですから。お金をいただいている以上、伸ばさなければいけない。携帯電話にお金を払っているのに通じないというのでは話にならないのと同じで、塾にお金を払っていただいているのに成績を上げないのでは話にならないじゃないですか。

―― そういった意識は講師の方にはどのように伝えてらっしゃるのでしょう?
 
大坪氏 例えば、教室にゴミが落ちていたとしますよね。これを拾えない講師には怒ります。それってつまり「変化に気づけない」ということ。講師が演習を担当しているときに大事なのって、生徒の変化に気づくことなんですよ。だから、直接授業に関係ないところからもアプローチします。
「寺」と同じ考え方です。寺に坊主として修行に行ったら、まずは雑巾がけとか庭の掃除からはじまって、お経なんて一つも読ませてもらえないじゃないですか。講師もそうなんじゃないかと思っています。
「視野」という言葉をすごく使うのですが、つまりは観察眼ですね。
例えば教室である一人の生徒に教えているとする。その時その子にだけ集中するのではなく、一瞬後にはもう別の方向を見ていなきゃいけない。そして全体を見渡して、また目の前の子に視線が戻ってくる、というような。これができなきゃいけないよっていうのは、講師に伝えてます。
子どもの勉強をそばで見てあげることでお金をもらっている我々は、それくらいの観察眼で、教室の空気を作らないと、と思ってますね。

―― 先生がいないといけない理由はそこですよね。AIにはそこまではできない。
 
大坪氏 ですね。生徒ひとりひとりのカリキュラムを作るときにも、表面上の付き合いではなくて、それくらいの観察眼でずっと生徒と関わっているからその子の思考回路が理解でき、的確なカリキュラムを出せてるんだと思うんですよ。
生徒が目の前の1問解ければいいや、ではなくて、例えばその子が電車が好きだっていうことを知っていたら、将来はきっと電車は自動運転になるね、じゃあ電車の技術者にならなきゃいけないね、じゃあ今の君はもうちょっとがんばらなきゃいけないね、という視点に立てる。そうすれば、自然と接し方は変わってくるじゃないですか。

―― そうですね。講師の方を採用する基準というのはあるのでしょうか?
 
大坪氏 それはもう「ボランティア精神」のある人ですね。そして道を極めたい人。
どの職業でも「道」ってあると思うんですけど、そこで高みを目指したい人は自然とボランティア精神が生まれる。僕らの仕事は、時間やお金で区切って考えられる仕事ではない。子どもたちの人生がかかってますからね。「生徒たちの人生の片棒を担ぐ」という意識がないといけない。
そして、変化を恐れずどんどん進化していく。今の自分のやり方を守りたいと思うようになったら、もうおしまいとすら思います。

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