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塾は「しかたがなく通う場所」から「多様な教育を選べる場所」へ――誉田進学塾グループ・清水貫代表が考える塾の未来
- 清水 貫 氏
- 株式会社ジャスメック 誉田進学塾グループ 代表取締役
千葉市緑区おゆみ野に本部を置く、誉田進学塾グループ。中学受験のsirius、高校受験の誉田進学塾と誉田進学塾ism、大学受験のpremium高校部という3つの事業部を持ち、千葉県内を中心に20を超える校舎を展開しています。
2026年1月時点の生徒数は2000人超。週刊誌の「合格力ランキング」で首都圏1位を3年連続で獲得し、同業他社だけでなく異業種の経営者からも見学の希望が絶えません。
誉田進学塾グループの始まりは代表の清水貫さんの母・妙子さんが1978年に開いた小さな塾でした。
「何か思いがあって始めたわけじゃないんです 」
━━まず、誉田進学塾グループが生まれるまでの経緯を、当時抱いていた思いも含めて教えていただけますでしょうか。
私自身は、何か思いがあって始めたわけじゃないんです。たまたまの経緯から成り行きの結果です。そもそも、うちの母親が塾を始めたというのが出発点です。
━━お母様が始められたのですね。
遡ると話は長くなりますが、母は戦時中に、京都で女学校時代を過ごしました。その時の女学校の先生が地理や西洋史の話をしてくれたのが心に残ったそうです。
学校の地下に防空壕のような場所があったらしくて。そこに避難している際に、奈良の女高師(旧奈良女子高等師範学校=現奈良女子大)卒の先生が、たくさん聞かせてくれた。当時、女子高等師範学校は東京と奈良の二つしかなくて、自分も奈良の女高師に行きたいと思ったわけです。
戦後、新制大学制度に変わり、女子が大学に行くと嫁に行けないと言われた時代に、どうしても行きたくて。親に「お嫁に行かなくてもいいから、嫁入り道具にかかる費用の分を大学の費用に出してください」と頼んだと言います。
━━ご自身で道を開かれた方だったのですね。
新制大学としてできた京都教育大学の第一期生でした。卒業して京都府の採用試験を受けて中学校の先生に。赴任したのは日本最古の公立学校の伝統を受け継いだ中学で、本人によると、一番で受かったからだと、今でも自慢しています。
大学生を見たことがないような田舎の、駅前の借家から
━━お母様は、教員を辞められた後、すぐに塾を始められたのでしょうか。
いいえ、すぐではありません。父の転勤で東京に移り、母は一旦先生の仕事を辞めました。子育てが一段落した頃に、やっぱり先生をやりたいという思いが強くなって、当時千葉にあった大手塾の講師として採用され仕事をします。しばらくするとその塾の体制が大きく変わりました。社員を一気に減らす形だったのですね。だったら辞めて、自宅近くの駅のそばで、自分でゼロから始めようと。
当時、この辺りは本当に何もない田舎でした。学校も荒れていた時代で、勉強が好きだというだけでいじめられるような状態。そういう子たちに、勉強の楽しさを伝えたいという思いで始めたそうです。
母自身が、戦時中で勉強したくても自由にできない時代を過ごしたのに、いい先生に巡り会えて楽しさを知った。その思いを伝えたいという、素朴な願いで始めた塾です。とても小さな借家からのスタートでした。
私はちょうど学生だったので、週末や長期休みなどにアルバイト代わりに、ずっと手伝ってきました。そのまま成り行きで、今に至っています。
だから、母の「勉強の面白さを伝えたい」というのが始まりですね。
━━その思いを、清水代表はずっと受け継いでこられたのですね。
そういう母親に育てられたので、わかるとかできるとか、素朴な楽しさをたくさん経験させてもらいました。だから本気で取り組み始めた時にはすでに、そういうつもりで生徒の指導はしていましたね。
家族経営の田舎の個人塾で15年ぐらいやっていたのが第一期とすると、最初の転機は、現在、本部があるこのおゆみ野のエリアの都市計画です。原野が切り開かれ、区画整理が進んでいきました。それでこちらにも校舎を出そうと計画しました。
やってみると、2校舎になった時点で、やっぱり全部を見切れないという問題が生じました。時間講師でつないで収益を上げるやり方もあったのでしょうけど、うちは丁寧に一人ひとりを見ようと考えていたので、その段階で正社員を採用する形を取り始めたわけです。
勉強は、何かのための道具じゃない
そもそも、勉強自体の捉え方が、少し違うのではないかと思うところがあって。受験で、将来のために必要な能力を育てよう、というところまではいいんです。綺麗に抽象化した言葉にすれば、みんな同じことを言っているようにみえる。
でも実際には、何かの目的のために我慢して勉強して、結果を手に入れるという考え方ですよね。それは勉強を道具、手段として見てるということなので、ちょっと違うんじゃないかなと。確かに若き日に何かを我慢して乗り越えた経験は財産になるのかもしれないですけれど、それって勉強以外のことでもできますよね。
では、勉強でしかできないことは何かというと、もっと原始的な知的な感動だと思います。その知的な感動を求めて勉強する人は、それが欲しいからやめないでやり続けると思うんです。我慢してやっている状態とは、全く違う。
他の分野でもトッププレーヤーで活躍している人も、同じではないでしょうか。例えば、野球選手なら、野球でどこまで行けるか挑戦し続けたくてやっている。結果のために努力しているのではなくて、それ自体を追い求めるために、止まらないでやり続けている。
勉強も同じです。だから、その結果が何の役に立つのかを考えなくてもいいと思います。
私は掛け声をかけるだけなんです
━━校舎が増え組織的な展開を進める中で、経営者としてどのような課題を感じてこられましたか。
いや、それはね、今でも課題だらけです。というのがまず一つ。
それからもう一つ、そんなに実は悩んでない、というのもあって。
━━課題はありながらも、それほど悩まれてはいないのは、なぜでしょうか。
経営には、教科書通りというか、原理原則や法則がちゃんとあるんだと思うんですよ。だったら、それを学んでやった方が早い。だから、自己流でああだこうだという試行錯誤は、結果的にあまり取ってこなかったのかもしれないですね。
もちろんその時その時は、もがきながらやってる状態でしたよ。ただ、割と早い段階から、次は何をすべきかという視点でものを見ていたので、そこで深刻に考えこむことは、あまりなかったのかもしれません。
━━その原理原則を、どのような場で学んだのですか。
稲盛和夫さんの盛和塾で学びました。それが大きかったですね。全国のいろんな業種の経営者の方がいて、塾業界の中だけだと気がつかないことがある。「なるほど」と思ったことが、いっぱいありました。
━━現在は、どのような組織づくりに取り組まれているのでしょうか。
どんな状況になっても素早く適応できる組織作りに取り組んでいます。
中小企業って、トップダウン型で、上が言ったら全部がパッと動くというシステムが多く、それなりに合っているとは思います。小さいうちはそれで機能するんですけど、大きく成長していくためには、それが原因でどこかでうまくいかなくなる。
うちは、一番現場に近い側の人たちが、自分たちの責任と権限で考えて、自立して行動していく組織にしたい。経営層や管理職がすることは、その人たちが一番動きやすい状態をどう作るか。それが仕事じゃないかなと。それぞれが自立して行動するけど、結果としてベクトルが一致して総合力では大きな力を発揮する。そういう組織にしていきたいなと。
採用の時も、能力はあまり見ていないですね。入ってから教育すればいいわけで。そもそも能力がないとやっていけないというと、教育そのものを否定することになる。教育の会社としての、自己矛盾じゃないですか。
━━社員合宿の企画や運営も、社員の皆さんに任せていらっしゃるのでしょうか。
これは担当者に考えてやってもらっています。私はその直前になって、どこで出番があって何分喋れって言われてるだけ。
━━それは頼もしいですね。
社員に育ってほしいと思っています。私が中身を見て「これはこう直せ」って言っていたら、ただ言われてやらされてる作業になっちゃうので。人事も、組織内で何を任せるかは部門長の権限になっていて、私は画面の決裁ボタンを押すだけです。あとは、決めた進路を指し示す掛け声をかけるだけです。
「今が危機ですよね。常に今が」——人口減の最前線で
━━でも、それが代表から社員へ、社員から生徒へ伝わっていく。
偉そうなことばっかり外向きには言っても、実際やっていることは恥ずかしいけれど、そんなに全部うまくいくわけじゃないです。よく、自転車操業って言うじゃないですか。うちは、一輪車操業っていうふうに言っています。こぐのをやめたら、その場で倒れちゃうって。
━━ 一輪車。休憩もできないですね。
自転車だと勢いがあれば少しだけ走りますけど、一輪車は止まった瞬間に倒れちゃうんですよね。こぎ続けてます。滑り台みたいに、すーっと乗れれば楽でいいですね。
━━これまでの経営で、最も大きな危機だと感じたのは、どのような時でしたか。
いや、振り返って危機っていうよりも、今が危機ですよね。過去から見れば今は最高でしょうけど、未来から見れば今は最低と考えています。
━━必ず明日はもっと良くなる、とお考えなのですね。
ええ、そう思っています。問題がなかったわけじゃないですよ。いっぱいありました。ただ、その時に悪く見えたことでも、結果としていいものに変えていければ、それ自体が良かったことになる。物事がいいか悪いかは、捉え方の問題だと思っています。
━━では、現在の時代の変化はどのように捉えていらっしゃいますか。
時代って、常に変わり続けていくものですから。それがいいか悪いかを論評しても、あまり意味がない。それよりも、変わっていく中で自分たちに何ができるかを考えたい、というのが私の考えです。
塾業界が今直面している課題は、まず一つ目。今まで少子化と言われていましたけど、もはや人口減の問題に向かい合っている、その最先端にいるということですからね。人口そのものに、私たちが直接手を打てるわけではありません。だからこそ、環境が変わっていく中で、うちが目指している「学ぶ楽しさを子どもたちに伝えていくこと」を、どうやったらやり続けられるか。その道を探し続けることが、私たちの仕事なんだと思っています。
千葉県って、首都圏以外の方からは都会ですねと言っていただくのですが、ここに来ていただいたらわかる通り、うちの地域は都市部と田舎の境界のような状況で、全国の縮図だと思ってるんですよ。これから人口が減っていくということを、一番わかりやすい形で見ていられるエリアにいるんじゃないかと思います。
コミュニケーションの方が、AIには実は簡単かもしれない
もう一つは、AIの進化に対して、人が学ぶべきものは何なのか、という問題に直面することになると思います。これは、うちがどうするかの前に、世の中の皆さんが何をどう考えるかによって決まっていくことですから、正直、先を読み切れるものではありません。
ただ、時代が変わっても、教育に求められるものは何か残ると思うんですよ。その中には、大きく変わらないものもあるはずです。一番根っこにあるもの。うちで言えば、学ぶ楽しさですね。素朴で、原始的な原動力みたいなものじゃないかと思っています。
━━AIについては、業界の中でも議論がありますね。
前に、ある業界誌の、これからの塾を考えるというイベントでパネラーに招かれたことがあります。AIツールで勉強の中身や方法は変わっていくが、人が接する部分については、AIがどんなに進んでも変わることはない。ご一緒した皆さんは、そうおっしゃっていました。
私は大学で電子工学を学んでいたんです。今の技術にはとてもついていけませんけど、その土台にある考え方だけはかじっていたので、いや、それは違うかもしれませんよ、と申し上げました。やる気を引き出すとか、生徒とコミュニケーションを取ることの方が、AIにとっては実は簡単なことで、真っ先に置き換わるかもしれない。そんな話をしました。
━━そのお話に、会場の皆さんはどのような反応を示されたのでしょうか。
司会の方が、ホラーSF映画みたいなことをおっしゃる、と。会場も笑っていました。でも、実際に、そちらに進んでいる気がします。もっと怖い深刻な未来が待ち受けているかもしれない。
AIが進んだ時に真っ先になくなる仕事として挙げられているものを見ると、精神科医とか、メンタルケアに携わる方とか、人の心に関わる仕事が並んでいるんですよ。
それらの流れの中で、では教育は何をすればいいのか、という問題に行き着く。その答えを、私たちだけで決められるわけではありません。ただ、どんどん変わっていくものに対して、自分たちがやろうとしていることをやり続けられるようにするには、どうしたらいいか。そこが問われているのではないかと、今、私が考えていることですね。
「しかたがなく使うもの」から、「なくてもいいけど欲しいもの」へ
━━これからの時代、塾が選ばれるために何が必要だとお考えでしょうか。
結局、塾ってサービス業だと思うんですよ。皆さんも同じだと思うんです。サービス業を評価するのは、あくまで顧客です。そこで評価されるかどうかが、その塾が求められているかどうかなんじゃないかと。
どんなに世の中が変わっても、必要だと思われるものはなくならないはずなんです。その「必要」には、2つある気がしています。しかたがないから必要なものと、なくてもいいけど欲しいもの。
塾はどちらかというと、しかたがなく使うものから出発したんだと思うんですよ。でも、なくてもいいけど欲しいものにしていかないといけないのかなと。たとえば、歯医者さんがそうですよね。
大昔は、予防のために歯医者さんに通っていた人ってそんなに多くなかったと思うんです。歯が痛くなって、我慢してたけどいつまで経っても治らないから、しかたがなくて行く。それが、だんだん予防のために通うという時代に変わってきてますよね。
でも、予防のためだけではなくて、もっと積極的に変わっていくのかもしれない。エンターテインメントって、なくたって生きていけるのに、どうしても欲しくて求めるわけじゃないですか。そこまで塾が変わるとは思えないですけど、ある程度そういう方向に軸足が移っていくのかもしれないですね。
だから、それを決めているのは私たちじゃなくて相手側かなと。むしろ、顧客側が気づかないものを見せて、「こういうのがあるんですけど」と言ったら、「ああ、それが欲しかったんです」と喜んでもらえるようなものを、作り続けていかないといけないんじゃないかな。
「シンガポール料理とスリランカ料理、どっちが上か決められますか」
教育のサービスとして塾で一番大切なのは、多様性だと思うんですよ。
どうしても、自分たちのやっていることが一番正しいという訴え方をしがちですけど、私たちができるのは、この考え方だったらどこにも負けない、というのを極めることだけだと思うんです。
私たちがやっているのは、もっと勉強してみたい子たちを伸ばすこと。我々にはそれしかできないものですから。今、手をつけていない分野は、それが良くないからやらないのではなくて、うちが極めようとするものがそこにないから、触ってないというだけの話です。それぞれが「一番いいものをやっている場」が世の中にたくさんあれば、消費者は自分が求めたいものがあるところを自由に選べる。それが、民間教育の大切なところじゃないかなと思うんですね。
それぞれの塾が、それぞれの強みを活かしていけばいい。誰が一番偉いのかと競い合うこと自体が、ナンセンスなんじゃないかと思います。
━━それぞれの良さがある、ということでしょうか。
一昨日、たまたま妻とふらっと外食に出かけたんですよ。エスニックの料理が割と好きで、結構行くんです。その日はシンガポール料理で、バクテーっていうスープ料理を初めて食べました。すぐ忘れるので、写真を撮るんですよ、私 。
うちの妻はスリランカ料理教室にも通ってたことがあって。以前は、家に帰ると食卓の上がスリランカになっていることがありました。
欲しい人が欲しいものをいろいろ選べる。民間教育も同じで、多様であることが大事なんじゃないかと思うんです。だって、シンガポール料理とスリランカ料理と、どっちが上かなんて、優劣のつけようがないですよね。
10年後、塾は何のための場所か
━━最後に、これからの塾は何のための場所か。一言でお聞かせいただけますか。
先ほどの繰り返しになりますけれども、塾というのは、多様な教育の場を世の中に作っていく存在なのではないかと思いますね。
公教育は、どうしてもある範囲の中に収まらざるを得ません。だからこそ、そこに収まらないものを、それぞれの塾がそれぞれの考え方で目指していく。そういう場が世の中にたくさんあれば、子どもも保護者も、その中から求めたいものを選ぶことができる。
その選択肢を一つ、作り続けること。それが私たちの役割なのではないかと思うんです。
━━誉田進学塾グループとしても、新たな塾のあり方に挑戦していく可能性もあるのでしょうか。
それはあるでしょうね。社員の人たちが考えて、うちの理念を追求していく延長で、業態も業容もどんどん変わっていくでしょうから。AI時代になったら、下手すると業種まで変わるかもしれない。
ただ、我々の持っているリソースには限界がありますから、あれもこれもはできないんですよ。シンガポール料理を日本に根付かせようとしている飲食店が、他の料理も全部やるわけにはいかないでしょう。うちも、同じことだと思っています。

聞き手・執筆:塾ミライ編集部
取材先:株式会社ジャスメック 誉田進学塾グループ
HP: https://www.jasmec.co.jp/company/
3つの問い THREE QUESTIONS
PAST / 過去 創業の原点
「なぜ塾なのか、塾を通して実現したかったこととは?」
なぜ塾を始めたのか。その選択の背景にある志と原体験。
PRESENT / 現在 現在の問題意識
「これからの塾に、本当に必要なものとは?」
少子化・AI・採用難。時代の変化を前線で感じる経営者の視点。
FUTURE / 未来 次世代への志
「今後、塾の役割はどのように変わっていくか?」
10年後、20年後。民間教育が社会に果たす役割の再定義。